東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)169号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二、第三号証、及び甲第八号証によれば、本願考案は、パルプスラリー液等のスラリー液をシールするためのスラリー液用シングルメカニカルシールに関するものであつて(本願考案の出願公告公報第一欄第二二行ないし第二五行)、従来のメカニカルシールは回転従動環の押圧が不十分で密封性が良好でなく、スラリー液中の固形物が固定環と回転従動密封環の間にある凹部に詰まること等から、摺動密封面の密封が不完全となつて液漏れ等が生じやすい欠点があり(同第一欄第三一行ないし第二欄第二行、別紙図面(一)第1図参照)、この欠点を改善するためには、ダブルメカニカルシールの構造とし、スラリー液内に露出する部分を極力減少させればよいが、ダブルメカニカルシールは構造が複雑で、高価大型となり、また清浄な封液を必要とし、運転維持が面倒である(昭和六〇年七月一六日付け手続補正書第二頁第一行ないし第九行)との知見に基づき、従来技術の有する前記欠点の改善を技術的課題とし、これを解決するため本願考案の要旨とする構成を採用したものであり(前記公報第二欄第三行、第四行)、その結果「摺動密封面9にはバネ6の力と流体圧力とに加えて、ネジ8による押圧力が加わるため密封性が良好となる。また(中略)スラリー液中の固形物は密封面近傍に滞留することなく、前記ネジ8のネジポンプ作用により、ここから速やかに排される。そのため、スラリー液をシールする場合に最大の問題であつたパルプ等固形物による目詰まりを未然に防止することが出来、液漏れ等を生じさせない。(中略)またシングルメカニカルシールであるため構造が簡単で小型かつ廉価であり、また運転維持も容易である」(前記公報第三欄第一行ないし第四欄第一行、前記手続補正書第三頁第二行ないし末行)という作用効果を奏するものであることが認められる。
2 原告は、本願考案と第一引用例記載のものとは「ネジのネジ方向を該回転従動密封環を固定環側に押圧する力を生じさせる方向とし、回転軸の回転により回転従動密封環を固定環側に押圧すると共にこの反作用により密封液中に摺動密封面から遠ざかる方向の力を生じさせ」るようにしたことで一致するとした審決の判断は誤りである旨主張する。
成立に争いのない甲第四号証によれば、第一引用例記載のものは、ダブルメカニカルシールに関するものであつて、極めて簡易な設備をもつて、特に高圧の流体の密封を可能とし、あるいは、断水、停電等によるダブルメカニカルシールの事故発生を絶無とすることを技術的課題とし(第一頁左欄第一二行ないし第一五行)、これを解決するために、「登録請求の範囲」記載の「図面(別紙図面(二))に示すように、メカニカルシールにより二カ所の密封端面4、4Bを有するシールボツクス3内に液体Zを封入し、注液管6排液管7(「注液管7排液管6」は「注液管6排液管7」の誤記であることは後記認定のとおりである。)を連結し、この注排両液管6、7(「注排両液管7、6」は「注排両液管6、7」の誤記と認める。)を連絡して循環系を形成し、シールボツクス3内において回転部分に螺子ポンプ5を具えて圧力差を附与して流動させ且つ該循環管系に連絡して循環液に圧力を与える予圧器12を設けてなるものにおいて該予圧器12と機体のケーシング1内とは連絡管14で連通し、機体内の流体の圧力を予圧器に与えるようにしたダブルシールの注液装置の構造」(第二頁右欄第一五行ないし第二五行)としたものであつて、右図面には注液管を6とし、排液管を7とし、高圧部ZBが揚液側に、低圧部ZAが大気側に明示されており、かつ「実用新案の説明」中には、液体Zのシールボツクス3内の循環に関し、次の記載があることが認められる。
(A) 「本案は、二摺転密封端面にはさまれたシールボツクス内に液体を封入して注排両管を連通し、この注排両管端を連絡して循環系を形成し、封入液体の循環はシールボツクス内の圧力差を利用し(中略)たダブルシールの注液装置の構造に関する」(第一頁左欄第五行ないし第一一行)
(B) 「Zはシールボツクス3内の液体で、ZA、ZBはそれぞれネジポンプ5に対し、摺転密封端面4、4B側の液体である。」(第一頁左欄第三七行ないし第三九行)
(C) 「ネジポンプ5はオシガネ23Bの外周に設け、回転によつて摺転密封端面4と4Bとの間に圧力差を生ぜしめる。」(第一頁右欄第二四行ないし第二六行)
(D) 「注排管6、7の部分は次のように構成する。シールボツクス3内の高圧部ZB、低圧部ZAにそれぞれ注液管6、排液管7を連通させる。注液管6と排液管7との管端は連絡管8に連通させ、注液管6、シールボツクス内3、排液管7、連絡管8により循環系を構成させる。」(第一頁右欄第二七行ないし第三二行)
(E) 「このシールボツクス内の注液Zは、シールボツクス内の圧力差自身にもとづき自動的に循環する。」(第二頁左欄第二三行ないし第二五行)
右認定事実によれば、第一引用例記載のものの注液装置は、注液管6、シールボツクス3内、排液管7によつて循環系を構成し、ネジポンプ5の回転によつてシールボツクス3内に高圧部ZB、低圧部ZAを形成し、この圧力差によつて液体Zはシールボツクス3内を注液管6から排液管7に向けて循環する、すなわち液体Zはシールボツクス3内の大気側から揚液側に循環することが明らかである。
被告は、第一引用例の「登録請求の範囲」に「注液管7排液管6」と記載されていることを根拠に、本件出願当時のメカニカルシールにおける密封冷却液の循環方向に対する技術常識を参酌すると、第一引用例には、液体Zをシールボツクスの大気側から揚液側に、あるいは逆に揚液側から大気側に循環させるいずれの場合も記載されているものと解するのが最も自然である旨主張する。
成立に争いのない甲第六号証(鷲田彰著「水力機械の軸封装置」日本機械学会誌昭和三四年六月発行)、並びに乙第一号証(小宮山香苗他著「漏洩防止法」誠文堂新光社昭和四〇年六月三〇日発行)及び乙第三号証(鷲田彰著「メカニカルシール」日刊工業新聞社昭和四四年八月三〇日発行)によれば、本件出願当時、ダブルメカニカルシールにおいて、封液をシールボツクスの大気側から揚液側に循環させることも、揚液側から大気側に循環させることも当業者に知られていたことが認められる。
しかしながら、第一引用例には、前記認定のとおり、液体Zはシールボツクス3内において高圧部ZB、低圧部ZAを形成し、その圧力差によつて循環すると記載され、その図面(別紙図面(二))には高圧部ZBが揚液側に、低圧部ZAが大気側に明示されているのみならず、前掲甲第四号証によれば「実用新案の説明」中には、「登録請求の範囲」中の「注液管7排液管6」との記載を根拠づける記載も示唆も全く存しないことが認められるから、第一引用例記載のものにおいては、液体Zはシールボツクス3内を大気側から揚液側に循環することは明白であつて、本件出願当時ダブルメカニカルシールにおいて注液を揚液側から大気側に循環させることが周知であつたとしても、当業者において第一引用例をみるならば、第一引用例記載のものにおいて液体Zはシールボツクス3内の大気側から揚液側に、すなわち摺動密封端面に近づく方向に循環するものであり、「登録請求の範囲」中の「注液管7排液管6」、「注排両液管7、6」はそれぞれ「注液管6排液管7」、「注排両液管6、7」の誤記と認識し、これと異つて、液体Zを揚液側から大気側に、すなわち摺動密封端面から遠ざかる方向に循環させるものと認識することはないものと認められる。
したがつて、審決が「第一引用例の明細書及び図面には、説明不足の点はあるとしても、(中略)摺転密封端面4Bから密封液が遠ざかる方向に循環する場合も記載されて」いるとした認定は誤りであり、また、この記載があることを前提として、「この場合、ネジポンプのネジの方向は当然本願考案と同じくシート2/Bに向う押圧力が作用する方向に切られていなければならない。」とした認定も誤りというべきである(なお、前記認定事実によれば、第一引用例記載のものにおけるネジポンプ5は液体Zを循環させる機能を持つものであつて、本願考案のネジと同様の機能を持つものではないから、審決の右認定はこの点からみても誤りである。)。
そうであれば、審決が、本願考案と第一引用例記載のものとは、「ネジのネジ方向を該回転従動密封環(第一引用例記載のものにおける「ワツシヤ」)を固定環(第一引用例記載のものにおける「シート」)側に押圧する力を生じさせる方向とし、回転軸の回転に伴い回転従動密封環を固定環側に押圧すると共にこの反作用により密封液中に摺動密封面から遠ざかる方向の力を生じさせ」ることにおいて一致するとした判断は誤りである。
そして、前掲甲第二、第三号証によれば、本願考案における、スラリー液中の固形物は密封面近傍に滞留することなく、ネジポンプ作用により速やかに排除され、これによる目詰まりを未然に防止することができ液漏れ等を生じさせないという前記1認定の作用効果は、<1>「回転従動密封環の外周面を固定環の摺動密封面近傍における外周面と連続面とする」構成と、この回転従動密封環の外周面に形成した<2>「ネジのネジ方向を該回転従動密封環を固定環側に押圧する力を生じさせる方向とし、回転軸の回転に伴い回転従動密封環を固定環側に押圧すると共にこの反作用により密封液中に摺動密封面から遠ざかる力を生じさせる」構成とによつて始めて奏し得るものと認められるから、第一引用例に本願考案の<2>の構成が開示されていないこと前記認定のとおりである以上、第一引用例に本願考案の<1>の構成が記載されているかについて判断するまでもなく、第一引用例記載のものは本願考案における右作用効果を奏し得ないことが明らかである。
3 次に、本願考案と第一引用例記載のものとの相違点<2>、すなわち本願考案はスラリー液用シングルメカニカルシールに係るものであるのに対し、第一引用例記載のものは特に用途が限定されないダブルメカニカルシールである点について検討する。
前記1認定事実によれば、本願考案はパルプスラリー等のスラリー液をシール対象液としたシングルメカニカルシールであり、密封面にスラリー液中の固形物が詰まりやすく、密封が不完全となる欠点を除去することを技術的課題とするものである。
一方、第一引用例記載のものにおいて、シールボツクス3内の液体Zは水道水などの清浄水であることは当事者間に争いがないから、シールボツクス3内の各構成要素はいずれも清浄な封液のみに接触するものである。そして、前記2認定事実によれば、第一引用例記載のものは、スラリー液より高い圧力の封液によつてスラリー液を封入する技術的手段を用いるダブルメカニカルシールにおいて、極めて簡単な設備をもつて高圧の流体の密封を可能とすることなどを技術的課題とするものであつて、本願考案のようにスラリー液中の固形物の詰まりを防止するという技術的課題は存在しないことが明らかである。
被告は、第一引用例記載のものにおいて揚液Xがスラリー液である場合、そのスラリー液が漏れてシールボツクス3内に混入し、その結果液体Zは低濃度スラリーとなるから、シールボツクス3内の対象液体は本願考案と同一である旨主張する。
しかしながら、第一引用例記載のものにおいては、前述のとおり、液体Zは水道水などの清浄水であり、シールボツクス3内の液体Zは揚液Xより高圧であるから、揚液Xがスラリー液であつても、スラリー液が漏れてシールボツクス3内の液体Zが本願考案と同様の技術的課題(スラリー液中の固形物を密封面近傍から排出すること)を生じる程度のスラリー液となることはあり得ないことが明らかであつて、被告の右主張は理由がない。
しかも、前記1及び2認定事実から明らかなとおり、第一引用例記載のもののようなダブルメカニカルシールは、一方のメカニカルシールと他方のメカニカルシールとの間に清浄な液が高圧で封入されており、二つのシールと高圧の封液とをシール手段とするのに対し、本願考案のようなシングルメカニカルシールには高圧の封液は存在せず、シールのみをシール手段とするものであつて、その結果両者はシール手段の基本的構成を異にするというべきである。
したがつて、本願考案のシングルメカニカルシールと第一引用例記載のダブルメカニカルシールとは、その技術的課題、シール対象液及びシール手段の基本的構成を異にするものであるから、前記相違点<2>について、審決が「(本願考案において)シール液をスラリーと特定した点に実質的な相違は認められない。さらに、シングルメカニカルシールとダブルメカニカルシールの相違はシールすべき対象箇所の数の相違であるから格別の意味は認められない」と判断したのは誤りというべきである。
4 以上のとおりであつて、審決が本願考案は第一引用例及び第二引用例記載のものに基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものと判断したのは誤りであり、原告主張のその余の審決の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法であつて取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編註その一〕本願考案の要旨は左のとおりである。
回転従動密封環の外周面を固定環の摺動密封面近傍における外周面と連続面とすると共にこの回転従動密封環の外周面にネジを形成し、該ネジのネジ方向を該回転従動密封環を固定環側に押圧する力を生じさせる方向とし、回転軸の回転に伴い回転従動密封環を固定環側に押圧すると共にこの反作用により密封液中に摺動密封面から遠ざかる方向の力を生じさせ、これによりスラリーを摺動密封面近傍から排除するようにしたことを特徴とするスラリー液用シングルメカニカルシール。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
(以下省略)